大河ドラマ『いだてん』第41回『おれについてこい!』あらすじ&感想

はじめに

『いだてん』第41回では、東京オリンピック招致に成功し田畑たちは本格的に東京オリンピックに向けて準備をはじめます。

しかし、田畑たちの前に様々な難題が待ち構えています。

果たして田畑たちは東京オリンピックを成功させることはできるのか?

前回(第40回)のあらすじ

1959年、東京オリンピックの招致に向けて田畑たちは積極的にIOC委員に開催を申し込もうとするが、外交官を経て今はNHKの解説委員になった平沢和重が1964年の東京オリンピック開催に反対する。

平沢はオリンピック開催国なのに有力なメダリスト候補がいないことが反対する理由だと語りアメリカの基地があちこちにあるという問題も絡んできて、平沢は東京オリンピック招致に反対するが、田畑は諦めきれず田畑は平沢にオリンピック話を始める。

時代は(昭和20年)1945年に遡り、田畑は嘉納治五郎が建設した神宮外苑競技場の跡地にきていた。

そこにはアメリカ兵がいて田畑は嘉納の動くストップウォッチを見て田畑は東京オリンピック開催を決意した。

田畑は「Bar ローズ」で東龍太郎と松澤一鶴と再会して、東京オリンピック開催に向けて動き出した。

「フジヤマのトビウオ」の古橋廣之進が田畑のお膝元として活躍し、水泳の選手たちも東京オリンピックの開催に向けて力を付ける。

(昭和23年)1948年のロンドンオリンピックに合わせて東京で裏オリンピックを開催し、ロンドンオリンピックの中継に合わせて田畑も裏オリンピックを開始した。

4日間だけ使わせてもらうことになった神宮プールで、ロンドンの記録より優れていればワールドチャンピオンになれると田畑は選手たちを奮起させた。

そして、ロンドンの最高記録より日本の選手たちの記録の方が早かった。

日本はアメリカの占領下にありパスポートの発行もできず田畑たちはマッカーサーの力を借りて水泳大会に行けることになった。

マッカーサーは昔はスポーツマンでアメリカは大会で結果を出せば必ず認めると日本人たちを力一杯応援した。

全米水泳大会で日本は世界記録を叩き出した。

1952年のヘルシンキでは日本選手の記録はイマイチだった。

”オリンピックは金儲けになる”とフレンケルが言っていたと田畑はいい、田畑は政治家が動かないなら自分が政治家になると言い切り、会社も辞めた。

そのことを妻に言ったら妻はだまって料理を作るだけだった…。

田畑は実家の土地を売って金を作って選挙活動を開始した。

選挙演説1953年の衆議委員議員選挙で東京オリンピックの話をしたが市民は浜松の話をしろと言ってそのまま落選してしまった。

田畑と英語が堪能な岩田はメルボルンでのIOC委員でのロビー活動をしてIOC委員を東京に招くことに成功した。

田畑は神宮外苑競技場を取り壊すことを決めて新しく競技場を建てることにした。

1958年、国立競技場を建設して世界中のIOC委員の人を驚かせた。

IOC総会でIOC会長のブランデージは東京にオリンピックを開催するにふさわしいとスピーチした。

そしてIOC委員に行った田畑たちは東京オリンピックを承知できると委員長に言わせるまでに東京を盛り立てた。

東は医者一家に生まれた自分には都知事はふさわしくないと言い、東一家は代々政治には関わらないという家訓があり妻と息子が必死に止めようとしたが田畑の妻の田畑菊枝の説得もあり東は都知事になった。

そして、東をIOC委員と都知事を兼任させてオリンピックを開催したいと田畑は考えて実行した。

田畑は平和のために東京でオリンピックを開きたいと平沢に語った。

フィリピンで水泳大会のために田畑たちはフィリピンに行くと、フィリピン人に突然石を投げられて「人殺し!」と子供が叫んでいた。

選手たちは自分たちが泳げば何かが変わると田畑にいい、田畑もそれに賛同した。

田畑は、アジアで散々戦争でひどいことをしてきた日本人が面白いことをしなきゃいけないんだと平沢に熱く語った。

田畑は平沢に「一番面白いことをやるんだよ!」と言い平沢は嘉納が言ったことを思い出し、「面白いことやりましょう!」と平沢は東京オリンピック招致のためにIOC総会でスピーチをすることになった。

そして、ミュンヘンで開かれたIOC総会では小学校の教科書の「五輪の旗」を引用して世界中の人の前で東京はオリンピックを開催するにふさわしいと熱弁した。

このスピーチで東京オリンピック招致が決定して田畑たちは東京オリンピックの開催に向けて動き出す。

第41回「おれについてこい!」あらすじ

五りんは足袋を履いて走り出していて、師匠の志ん生の富久を思い出し五りんは駆け出した。

五りんはここから先は現在進行形のオリンピック噺だと五りんは話す。

田畑は事務総長として東京オリンピックを仕切ることになりオリンピックの司令塔。

オリンピックに乗り遅れないように政治家たちが集まった。

日坊貝塚は東洋の魔女と呼ばれて騒がれるのはもう少し先の話になる。

バレーボール部が地獄の特訓をしていて選手たちも苛立っていた。

田畑は監督を外に連れ出して柔道場に連れて行った。

鬼の大松はそこである秘策を閃く。

そして、田畑はオリンピック会議を開き、軍隊基地を引き払ってもらい代々木ワシントンハイツを選手村にするよう提案する。

田畑は気乗りしなかったが、埼玉の朝霞に視察に行き選手村を朝霞に建設することが決まった。

亀倉雄策をオリンピックのシンボルを製作してもらうようお願いするが、当日に亀倉は急いでシンボルを書いた。

そして、田畑はオリンピック映画の製作に黒澤明を押した。

金栗四三も聖火ランナーとして名乗りを上げて走り出す。

田畑は安保闘争でオリンピックが一向に盛り上がらなかった。

岩田たちを直前のローマに視察に行かせて盗めるものはなんでも盗んだ。

柔道はローマオリンピックで正式種目となった。

第17回ローマオリンピックが開催されて岩田はローマオリンピックのことを楽しそうに話した。

ローマオリンピックはトトカルチョによって収益を稼いでいてそれで開催してローマ政府は一銭も出していない。

田畑はトトカルチョで収益を得ようとしますが会議で却下され、田畑は代々木に選手村を作るよう提案した。

田畑は公開討論にしか来ない政治家は出て行けと田畑は進言した。

そして、丹下健三が国立競技場のデザインを担当することになった。

田畑は男子バレーボールが決まったことを大松にいうが大松は女子じゃなきゃ勝てないとはっきり言った。

IOCはオリンピック近代五種を外すと聞かされて怒っていた。

田畑は選手村で過ごした日々を楽しい思い出にするために代々木に選手村を作ることにこだわっていた。

田畑は岩田にそのことを感じてもらいたくてローマに行かせた。

岩田はアベベが裸足で一生懸命走ってゴールを決めた瞬間は心が震えたと岩田は語る。

田畑は様々な人種がごちゃ混ぜになってみんなで笑いあえるようなそんなオリンピックにしたいと平沢に言って平沢はあるアイデアを思いつく。

その頃川島正次郎は東に何やら策略を練っていた。

感想

僕は田畑が東京オリンピックに向けて動き出しているのを見て大会を成功させたいとみんなで力を合わせて動き出す姿が慌ただしくも楽しそうでなんだか羨ましかったです。

あと、僕は映画が大好きなので黒澤明監督が出てきたときには人知れず興奮していました。

”世界の黒澤”が東京オリンピックに関わっていたとは知りませんでした。

東京オリンピックではアスリートだけじゃなく大会に関わる芸術家も一流の人たちばかりでこの先はどうなっていくのだろうとワクワクしながら見ていました。

まとめ

いかがでしたでしょうか?

『いだてん』はいよいよフィナーレに向かって動き出していきますので最後までワクワクしながらご覧ください。

まだご覧になっていない方はこの機会にぜひご覧になって見てはいかがでしょうか。

それでは、また‼︎

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