大河ドラマ『いだてん』第39回あらすじ&感想

はじめに

第39回では第二次世界大戦について描かれ、戦争の過酷さ、そして学生たちが戦地に行かなければならないという不条理な世の中。

それでも強く生きていこうとする金栗四三と、東京オリンピックを開催するために奮闘するが軍の圧力と理想の戦争の中でオリンピックを開催することの難しさに田畑たちは苦しみます。

前回のあらすじ

いだてんは東京オリンピックを招致しようと奮闘する田畑政治の物語。

金栗四三は日本人で初めてオリンピックに行った男で、ストックホルムオリンピックでマラソンの競技に出場しましたがあえなくリタイアしてしまい、金栗は深く傷つきました。

日本に帰ってきてからの金栗は女子スポーツを普及させようと奮闘し見事成功させます。

金栗は兄の死をきっかけに地元の熊本に帰ることになりましたが、嘉納治五郎が東京にオリンピックを招致させると聞き、弟子の小松とともに東京にやってきました。
しかし、嘉納治五郎は船の上で亡くなってしまい、田畑は治五郎が持っていたストップウォッチが動いていたことからこのストップウォッチが治五郎の心臓が動いているみたいに「チッチッチ」となっているのを見て田畑は東京オリンピックを維持でも成功させると誓うのでした。

大河ドラマ『いだてん』第39回あらすじ

ある日、五りんは志ん生の病室に酒を持っていくと五りんの彼女の知恵が来ていて志ん生が突然起きたことを驚いていた。

志ん生が起きていることを家族が知ると酒が飲めなくなるから家族には黙っていてくれと志ん生は五りんに頼んでいた。

五りんは志ん生から父の話を聞くために協力していた。

志ん生が五りんの父の小松の話を始める。

志ん生は昭和20年3月に満州で日本人のために落語の高座に上がって欲しいというのだ。

一度は断る志ん生だったが、酒が飲めると聞き二つ返事で引き受けた。

志ん生が家に帰ると長男の清が飛行兵に志願したいと言い出した。

志ん生は誰が好き好んで兵隊になるんだと落語の噺家になったばかりの息子が戦地に行くのを止めた。

そして志ん生は家族に満州に行くことを告げるが、家族は驚きどうせ酒が出るからだと志ん生の甲斐性なしを家族は嘆いた。

空襲警報が鳴ると家族を置いて真っ先に逃げ出す志ん生に満州でやっていけるわけないと家族は言ったが、その時まさに空襲警報がなり、志ん生は逃げ出す。

家が空襲で焼け家族は家無しになり妻のおりんが私たちでも暮らしていけるから満州に行ってと言った。

5月の満州の大連、志ん生は1ヶ月で帰る予定だったがいつの間にか2ヶ月がたってしまい、志ん生は高座に上がり日本人を笑わせ続けた。

そして、志ん生の元に学徒出陣で満州に来ていた小松が訪ねてくる。

小松は志ん生に「富久」の時のランニングのフォームがなってないと彼は志ん生に難癖をつけた。

そして7月の奉天、志ん生はこの時は満州にきていたのちの日本の大歌手の森繁久弥と出会う志ん生と圓生。

志ん生は噂で日本の広島と長崎に原爆が落とされたと聞き、日本の行く末が心配になってきた。

志ん生はソ連兵が満州にやってきていると聞き、志ん生は逃げようとしますがその時ある男に荷物を奪われ、志ん生は追いかける。

その男は小松であり、志ん生と小松は思わぬ形で再会することになった。

沖縄に行くはずだった小松は隊長が「家族がいるやつで死にたくない奴は逃げろ!」と言い、小松は逃走兵の道を選んだ。

志ん生たちは逃走兵と一緒にいると自分たちの身まで危ないと言って小松を置いて去ろうとしますが、その時男に銃を向けられて小松たちはもうダメかと思いましたが、その男は前に小松に助けられた男で小松たちを見逃した。

8月15日、終戦を終えて日本は負けた。

日本が負けたことで満州の人たちは豹変して日本人のいた場所はめちゃくちゃにされた。

小松たちはウォッカを見つけて3人で飲んでいたら、小松は本当は走りたかったと自分の思いのたけを志ん生と圓生に打ち明ける。

日本が負けたので小松は永遠にオリンピックに出られないと嘆いていた。

小松は日本に残してきた息子のことを思った。

それを聞いた志ん生は噺家の後を継いだ息子の高座を聞くのが何よりの楽しみだと語る。

翌日の高座は日本人は誰も来ないだろうと思われたが、予想に反して100人以上がきたが、高座は暗いムードに包まれていた。

こんな時に笑いだ必要だとまずは圓生は居眠り佐平次を披露した。

志ん生は小松の勧めで「富久」をやることになった。

小松は「富久」の内容を浅草から芝までの10キロを走るという内容に変えたらどうかと提案。

志ん生は高座に上がると絶品の「富久」を披露した。

小松は志ん生の「富久」を見てたまらなくなり、小松は思いっきり走り出した。

小松は手紙に「志ん生の富久は絶品」を書き、嬉しそうにしていたその時、ソ連兵に見つかり小松はひたすら逃げた。

しかし、小松はソ連兵の自動小銃の銃弾に倒れた。

志ん生は小松の亡骸に泣きながらすがりつき、俺の富久最後まで聞いてねえだろと叫んだ

そして日本の東京で、小松の遺品を見てりくと金栗四三は泣いた。

日本人がロシア兵に殺されたり連れて行かれたりているのを見たら志ん生はウォッカをがぶ飲みして死のうとした。

1960年代に戻り、志ん生が寝ていたら、歳をとった圓生が志ん生の病室にやってきた

志ん生はようやく日本に帰り、「よっ久しぶり」と志ん生は言った。

「日本中がとびっきりの貧乏だ」と志ん生はまた一から日本人みんなも這い上がっていけばいいと前向きに叫んだ。

そして志ん生は高座に上がり富久を披露した。

これからの『いだてん』は、1964年の東京オリンピックに向けて進んでいきます。

感想

僕はこの貧乏な時代に生まれながらも、それでも前向きにいきていこうとした志ん生と日本人がとにかく眩しく見えました。

東京オリンピックは、戦争を乗り越えて日本人は高度経済成長期に日本は必死に前に進んでいく姿がとにかく明るく見えました。

それでは、また‼︎

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